1開催レポート
2024年11月16日(土曜日)の17時30分から19時30分の二時間にわたって、ウェルビーイングを共創するプレ美術館セラピープログラム「汽水域アートシェアリング2024」のプログラムⅠとして、視覚を超えたアート共同鑑賞ワークショップ「ギャラリーコンパ@鳥取民藝美術館2024」を開催した。
「ギャラリーコンパ」とは、視覚障がい者と晴眼者が共に美術館や博物館、ギャラリーを訪れて、目が見える・見えない・見えにくいという互いの個性を活かしあって、対話や触覚によって鑑賞体験の場を築くワークショップである。2005年に石田陽介・濱田庄司・松尾さちによって始動し、これまで西日本各地で80回以上、20年間にわたり開催されてきた芸術運動であり、社会包摂を推進する市民活動である。

本ワークショップには、視覚障がい者3名(全盲2名、ロービジョン1名)を含む16名が参加し、対話や触覚を通した共同鑑賞体験に臨んだ。

会場となる鳥取民藝美術館には、進行役としてファシリテーターの石田陽介さん、民藝美術館ナビゲーターとして鳥取民藝美術館学芸員の東方あかねさん、もう一方の会場となる旧吉田医院にはファシリテーターの濱田庄司さんと松尾さちさん、民藝美術館ナビゲーターとして鳥取民藝美術館理事長の木谷清人さんがそれぞれ常駐する形で進められていった。ワークショップ参加者はA班・B班の2つのグループに分かれ、各グループにて共同鑑賞を進めていった。各班に分かれた参加者は、鳥取民藝美術館と旧吉田医院をそれぞれ25分ほど見学した後、民藝カフェであるたくみ珈琲店へと移動して、班ごとに共同鑑賞を体験した感想を話し合うという、トータル2時間にわたるプログラムとなる。これら会場となる3つの施設は、どれも民藝館通りに立ち並ぶ鳥取市における民藝運動の拠点となっている。

鳥取民藝美術館は1949年に医師であり民藝運動家である吉田璋也によって設立され、ここには5000点以上の民衆的工藝作品が収蔵されている。

旧吉田医院は、吉田璋也が設計した木造2階建て4層構造の医院である。外観、内装、医院内の家具には、日本、東洋、欧州の建築技術の融合が見られ、使いやすさの黄金比を追求した造りに触れた者は、吉田の民藝運動に対する思いを窺い知ることができるかもしれない。

A班は、まず鳥取民藝美術館で作品を鑑賞した。一般的に民藝とは、「民衆的工藝の略である」「民衆が日常的に使用する雑器」「民衆の民衆による民衆のための工藝」と説明されている。鳥取民藝美術館学芸員である東方あかねさんは、「民藝とは、高価で珍しい材料を使わず、天才的な才能を持ったアーティストが作ったものではなく、普通の人々が誠実に作った暮らしの道具に健やかな美しさがあるという考え方です」と民藝について説明をされた。これは「民藝」というなかなか想像しにくい概念を、これまでそれに触れたことがない人でも理解できるような配慮をされていると感じられた。

東方さんは今回、吉田璋也の肉声をテープで聴かせてくださった。吉田は、柳宗悦から学んだ美しい手仕事の品々を収集し、美術館への収蔵を行った。また積極的に、時代に即した新作民藝をデザイン・プロデュースした。吉田の「民藝品のような人になりたい」という言葉からも、吉田の並々ならぬ民藝に対する愛情が伝わってきた。
「スリッパを脱いでみると床のぬくもりを感じられます」との促しが東方さんからあり、すぐさまスリッパを脱いでみた参加者たちは、床の感覚を味わっていった。そして次に、バーナード•リーチの描いた鳥取砂丘の点描画を鑑賞した。作品から2メートル程離れた位置に美術館展示品でもある椅子が設置してあり、視覚障がいを持つ参加者2名が、まず座っていった。「高さが私にちょうどぴったりだ」「座面が凹んでいて身体にフィットする」と、吉田がセレクトした民藝品の座り心地の良さを味わっていった。他の参加者はその周辺に集まり、互いの顔が見える状態で共同鑑賞が始まった。

石田さんが「これは何にみえますか? 晴眼者の皆さん、こちらの二人にお伝えしてみてください」と促し、参加者が口々に展示作品を言語化していく。「掛け軸があります」「どれくらい離れたところにありますか?」「2メートルくらいですかね」と、最初は初めての作品を目の前にして晴眼者である参加者からの、探り探りともいうべき発言が多かった。「丘のようなものがあります」「もしかしたら砂丘ではないですか?」「手前に野うさぎがいますね」「切り立った斜面があります」「どんな斜面なのですか?」「ハート型にえぐれています」「これは影なのではないですか?影が長いので夕方なのでしょうか」「馬の背ではないですか」「斜面に立った一本の木は現在もあるのでしょうか。もう伐採されているのかな」「遠くに見える島は岩戸ではないですか」「これがわかるのは、鳥取県民ならではですね」と様々な方向から熱く語り合い、互いの発見を共有し合った。視覚障がい者の方々の質問は、晴眼者をはっとさせるようなものばかりで、その都度、作品に対する視点が変わり、さらに飛躍するような言葉による描写表現が互いの間で飛び交うようになった。砂丘の奥に描かれた島に注目し、「じゃあウサギは、その島を伝って砂丘へと来たのか」と視覚障がい者の参加者の大胆な推理で場が沸いていった。


次に、大きな2つの錠前が付いた家具を鑑賞した。「どれくらいの大きさですか?」と視覚障がい者の参加者が問い、他の参加者が「これくらいですよ」と腕を掴み広げて伝える。そこには板が二重に張られ鋲が刺してあり、厳重な錠がかけられ、おそらく貴重な品々を保管することができる金庫のような家具であった。参加者は普段は触ることのできない鍵を特別に触りながら、この家具が持ち主によって使われていた情景を想像していった。「この中にはどんなお宝が入っているのだろう」「こんな頑丈な造りなら、中の物は盗めないだろうね」と冗談を交わしあった。「こんな重そうなものどうやって美術館に入れたのだろう」「家具の上に神棚がありますね。両者に関係性はあるのでしょうか」と、周囲の展示品に目をつけ、展示意図を更に掘り下げていく参加者もいた。視覚障がい者の参加者による「頑張ったら、こじ開けられそう」という声で場が和み、参加者全体がより積極的に家具に触れていった。


一通りのやり取りを聞いていた東方さんは「この家具は制作から100年以上経ちますが、まだ鍵は使うことができます。当時の職人がどれだけ精巧な仕事をされていたかがわかりますね。これは両替商のところにあって、貴重なものが入っていたそうですよ」と、この家具について解説を加えた。
この後、A班が旧吉田医院へと移動する際には、鳥取民藝美術館の階段を降りて横断歩道を渡る必要があった。その際に、階段の下についたり、手を取ってリードしたりと学生スタッフが視覚障がい者の参加者のサポート役を務めた。

翻ってB班の参加者は、最初に旧吉田医院を会場として共同鑑賞を行っていった。まず医院の待合室において鳥取砂丘の点描画を選び、鑑賞のデモンストレーションを行った。ギャラリーコンパ・ファシリテーターの松尾さんと濱田さんが展示作品の前に立って鑑賞方法の実際をみせていった。濱田さんは全盲である。鳥取砂丘を散策した記憶と照らし合わせながら、砂丘の情景を描いた本作品の姿を想像していった。デモンストレーションの後、幾つかの展示物を参加者皆で鑑賞したが、医院で使用されていた吉田自作である木製の暖かな子ども用待合椅子に実際に座り、吉田医院が開院していた時代における、通院した子どもたちの情景を共に想像し合っていった。

旧吉田医院に入ってすぐにバロック様式を連想させる個性的な階段が迫る。木谷さんが「当時の子どもたちは階段に座って順番を待っていました」と紹介した。参加者たちは皆、階段に実際に座り、木の分厚さの違いなどを手の感覚で感じ取ったり、当時の子どもたちが集まり座っていた光景に思いを馳せていった。

その階段を登り、診察室へと移動して診療器具を共に鑑賞した。木谷さんが「医者の椅子は移動しやすいようにタイヤがついていますね。患者の椅子は背もたれが高くなっていて頭が固定しやすくなっています」と吉田が設計した家具の実用性を具体的に紹介された。皆、椅子に実際に座り、椅子に装備されたタイヤや背もたれ、肘掛けなど隅々まで触りながら、幾つもの疑問を投げかけていった。


A班とB班が交互に鳥取民藝美術館と旧吉田医院をそれぞれ鑑賞した前半を終え、ワークショップ後半は、民藝喫茶であるたくみ珈琲店へと移動して、各班ごとに感想を述べ合っていった。店内入り口には、民藝品売り場があり、その奥に進むと喫茶コーナーが広がっていく。たくみ珈琲店内の椅子は、イギリスの古い椅子と、鳥取民藝の椅子は県内外の方から譲り受けたものとのことであった。参加者は班ごとにそれぞれの椅子に座り、座り心地を味わっていった。喫茶を注文した参加者は、民藝品のカップを丁寧に触って手触りや口当たりを味わい、堪能していった。


晴眼者の参加者からは、
「伝統工芸品は飾っておく物という認識が強いと思うが、今回はこうして触れることができてよかった」
「旧吉田医院の地下から一階へと続く階段の手すりと、一階から二階へと続く階段の手すりが、違うことを初めて知りました。その事実を視覚障がい者の方が発見されていったことが、私にはとても驚きでした。心の眼で見るとは、こういうことなのでしょうね」
「今回鑑賞した砂丘の点描画の斜面を、ハート型と表現するのは、(民藝研究者)として初めて聴きました。良い表現ですね」
「今回の鑑賞は、晴眼者が気付かされることが多かったように思います。自分とは異なる視点で作品を鑑賞することができて面白かった。自分の見えていないことに気づけました」
「見えている物を言語化して視覚障がい者の方々と共有することで、新鮮な発見がありました。視覚障がい者の方が、実際に見えているような想像力を発揮されることに驚きました」
などと語られた。

視覚障がい者の参加者からは、
「失明する前に見えていた時代はスルーしてきたものを、みなさんからシェアしてもらうことで深めていけたので、リッチな気分になり楽しかったです」
「触覚と情報が掛け合わさることで、イメージが広がったこと、参加した皆さんと理解を深め合えたことが本当に楽しかった」
という感想があがった。
2レポーター編集後記
晴眼者同士であれば、眼前の状況は視覚的に情報共有がなされていて、その事象の感想、背景、連想したその他の事象を焦点に当てて話すことになる。その場合、「一目瞭然」ということから視覚情報自体は詳細に言語化を行わないため、実は目の前の事象に注力していないとも言える。それは博物館の説明書きばかりに目がいって、展示物をなおざりにしてしまう現象とも似ていよう。私は今回、初めて視覚障がい者の方々と関わったことで、「目の前にあるものがじっくり見えていない」という現象に陥っていることに気付かされていった。「目の前にない、過去からの記憶を言葉で説明する」ことは眼前に形がないのにできて、「初見の作品を即興でわかりやすく言葉で説明する」ことは、「眼前に形があるだけに難しいのだな」と実感させられて、不思議な気持ちとなった。視覚障がい者の方が、その触覚から建造物の造形の違いを指摘されたり、想像力を膨らませて場を和ませるようなユーモアを発揮されたりと、自分にはない見方や想像力に触れて、普段見る世界とは違う世界が広がっているようだった。参加者の方々の多様な意見が連鎖的に繋がり、互いを思い合った言葉が、民藝という場を通じて、温かな雰囲気を作り出したのだと今回のワークショップを通して私は感じた。(初田)

3主催情報
ファシリテーター:石田陽介・濱田庄司・松尾さち[ギャラリーコンパ主催スタッフ]
美術館ナビゲーター:木谷清人[(公財)鳥取民藝美術館 専務理事]・東方あかね[(公財)鳥取民藝美術館 学芸員]
アテンド:鳥取大学アートプロジェクト 大学生(おいはま組)メンバー
運営:鳥取大学アートプロジェクト 石田陽介/野口明生
主催:鳥取大学 地域価値創造研究教育機構
共催:公益財団法人 鳥取民藝美術館
協力:鳥取民藝協会/あいサポートセンター/たくみ珈琲店
フクシ×アートWEEKs2024連携企画