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vol 003

2024.01.20

櫻井重久 インタビュー

櫻井重久 インタビュー

2023年11月22日(水曜日)、鳥取市在住の医師、そしてジャズピアニストとして活躍される櫻井重久さんを、鳥取大学コミュニティ・デザイン・ラボ(CDL)にお迎えして、インタビューを開催しました。

執筆|
鳥取大学アートプロジェクト2023年度ねこは組

編集|
石田陽介

編集補助・撮影|
蔵多優美

髙橋

櫻井先生、よろしくお願いします。

櫻井

はい、私の自己紹介を致します。
鳥取市立病院で総合診療医をしています、櫻井重久と申します。
仕事内容としては、いわば内科のようなものであり、家庭医です。
実は、医者には最初からなりたかったわけではなかったんです。
高校生の時には進化論に興味があって、当時は生物学者になりたくて。
まず理学部生物学科に行ったものの、そこでいろいろ勉強しながら「科学の真理」といったものよりも「人生の探求」のようなものの方を自身が一生の仕事としていきたいと心境の変化がありまして。
そこから一年間浪人生活をした後、自治医科大学の医学部へと入り直しました。
自治医科大学って「医療僻地」とも呼ばれる地域の医療を確保するための人材を育成することを設立趣旨としているんです。
そこで6年間勉強して、31歳の時に鳥取へと戻ってきました。
初期研修をし、智頭病院や佐治診療所で勤務を経て現在、鳥取市立病院において総合診療を行なっています。

髙橋

櫻井先生は大学を卒業されてすぐ就職ではなく、別の学問に進むという道を選ばれたのですね。
一度大学を卒業された後、医学部に進学し直して勉強を続けられてきたとのことですが、どういった動機がそこにあったのでしょうか。

櫻井

「学生の時にやっていて楽しいこと」と「自分が人生をかけてやりたいこと」。
自身の中で価値があると思うことが、年を重ねて違ってきたのです。
今後の人生をかけるとしたら、人の人生や生活のようなことに関わることがしてみたいっていう気持ちが強まっていきました。
なんかワクワク感が大きくなっていき、絶対やってやるという気概が湧き出てきた。
それが、転身の原動力となりましたね。

髙橋

「ワクワク感があった」ということは、不安や迷いはあまりなかったということでしょうか。

櫻井

いいえ、実際には当初めちゃくちゃありました。
例えばですね、生物学科の大学院にいた頃は研究室に所属していたのですが、周りの人たちが朝早くから研究室で研究活動に取り組んでいる中で、自分一人が図書館に行って違う勉強をするということとか。
或いは、皆、大学で専門的なスキルを身に着けて、それを基に就職していくのに、自分といえばそうしたものの全てを捨てて、全く別の道に行くっていうこと。
そうしたことが続くうちに、「今まで学んできたことが無駄になるのかな」「もったいないかも」と、そうした迷いも一方ではあって、夜しばらく眠られなかったりもしていましたよ。
ただそうした葛藤の中でも、勉強はしっかりと続けていました。

髙橋

意志を強く持っていらっしゃったのですね。

櫻井

まあ、ワクワクの方が最終的に勝ったという感じでしょうかね。

髙橋

なるほど、転身時にはそうした心持ちでいらっしゃったのですね。
それでは次に、現在のお仕事に関する質問を致します。
櫻井先生は、日々患者さんと向き合いながら、医者として活躍されていらっしゃいますが、先生が考える総合診療とはどういうものですか?

櫻井

総合診療医の一番の特徴を挙げるとすれば、例えば患者さんを「心臓が悪い」「肝臓が悪い」といったように臓器の疾患レベルで考えていくだけではなく、その人の全身であったり、家族との関係や社会制度の中でというような周りとの関係性について考察したり、その病気についてその人がどのように捉えているのか、今病気になったことがその人の人生や生活にどんな影響を与えているかなども含めて、いろんな角度からのレンズを通しながら患者さんを診るということでしょうか。
その患者さんのライフ(生命・生活・人生)の全体を医師が共有し、治療方針を共同創造していくっていうのが総合診療医の特徴です。
具体的に言うと、例えば治療方法に「AとBという治療があった時にどちらにしますか?」となった際、医療機関だと 「Aだとこんなメリットとデメリットがあって、Bはこんなメリットとデメリットがありますので、明日までにどちらか決めてきてください」といった話の仕方をすることが多いです。
総合診療医は、「全人的」と言って、患者さんの身体と精神、家族や社会との関係性、患者さんの人生の物語といったものを共有した上で、患者さんとの対話の中で最適解を見出していくということを得意としています。

髙橋

「診断と治療だけが医師のやることじゃない」と述べられている櫻井先生の記事を読ませていただいたのですが、私にとっては本当に新鮮な考え方だったので、たいへん記憶に残っています。
ありがとうございます。
櫻井先生はジャズピアニストとして活動もされているとのことですが、ご自身が演奏されてる姿を患者さんに披露することはありますか。

インタビュアー:髙橋侑希

櫻井

そうですね、患者さんより「先生、このあいだお祭りで演奏していたよね」と言われたりすることはあります。
普段は所属するジャズバンドでライブを行なっていますが、患者さんがライブハウスに来られることがあまりないので、どちらかというと地域の祭りとかに出演する場合などの機会に演奏を聴いてもらうこととかが多いです。

髙橋

櫻井先生はジャズバンドグループである「ゲバラバンド」にピアニストとして所属されていますが、医師として、バンドメンバーより体調のことなどを相談されることなどもおありでしょうか。

櫻井

バンドメンバーとの交流は、よくライブもあるので頻繁にありますが、基本的にみんな健康なので、そこまではないです。

髙橋

そうなのですね、ありがとうございます。
そうしましたら、櫻井先生にとって音楽とは、どのような存在なのでしょう。

櫻井

「音楽が自分自身にどんな影響をもたらしているのか」ということで言うと、高校生の頃にジャズに出会って即興演奏を通してピアノを弾き始めたのが一番最初なのですが、ジャズ以前にと言いますか、まあ言ってみればそもそも即興演奏が好きなんです。
即興演奏は予定調和ではないものなので、始まる時にどんな過程を経て、どういうふうに終わるかっていう設計を、あまり作り込まないで行うことができます。
これから何が起こるか分からない状況で、即興演奏を始めて、自分の中での冒険してまた戻ってくるといったような「ライブ」の経験が、私自身の「人格形成」や「癒し」、「生きる活力」といったものにまで、大きな力を与えてくれていると実感しています。
即興演奏をした後には、自分自身がパワーに満たされてるような心持ちになります。
そうしたパワーが、私の生きる活力になっているというのが、即興演奏が好きという理由の一つとしてありますね。
それは私の診療スタイルに、特に患者さんとのコミュニケーションの取り方や話し方に、大きな影響を与えていると感じています。
ジャズには即興のセッションが付きものであり、その場で初めて出会った人といきなり一緒に演奏し始めたりもするものなのです。
「この人はどういう人だろう?」と演奏の間に、この人の良さをもっと引き出すには、「こういうことしたらもっと盛り上がる」とか、「こうしたら面白いことが起きそうだ」とか、そうしたことを図りながら演奏していることが、普段の自分の会話のテンポへと、大きく影響していると感じます。

髙橋

以前、ご講義の中で、「『セロ弾きのゴーシュ(宮澤賢治の童話)』が、櫻井先生のしたいことのようだ」と患者さんから指摘された、とおっしゃっていました。
「櫻井先生の想いや、やり方には、『セロ弾きのゴーシュ』へと通じているものがある」とその患者さんは感じられたとのことでしたね。
現時点で具体的に何が「したい」ことなのか、教えていただきたいです。

櫻井

「この辺りなのだろうな」という見当はついています。
ただ、答えがはっきり分かったとは思ってないです。
これに関しては、患者さんが一生の課題を私にくださったというふうに思っているので、簡単に解決したとは思わないようにしているんです。
『セロ弾きのゴーシュ』を渡されて「先生がやっていることですよね」とその方から言われましたが、そんなことを言われると私は思ってもいなかったのでとても驚きました。
私がこの物語に出会って特に感じているのは、主人公であるゴーシュが、訪ねてきた動物たちにセロを教えながら対話をする中で、逆に教えられることなどを通じて徐々に成長していく点です。
来客した動物たちを癒せるような存在になっているというような変化がゴーシュの立場へと起きていく中で、言わば「ケアをする側」と「ケアされる側」の関係性が逆転し、相互作用を起こしているように私には読み取れるのです。
実はそれは以前から医師として感じていたことで、この童話に出会って改めて凄いなと私も思ったので、そうした患者さんからの言葉には、ピタッと想いが通じた感じがしていきました。
おそらくこの話をしてくれた患者さんも、私が患者さんに対して医師と患者という関係性だけではなく、互いに教えあう関係を結ぶことによってケアの逆転が、そこで起きていたのかなと思っています。
「それを大切にしなさいよ」と言われているような気がしています。

髙橋

そのお話自体を櫻井先生の中で大事にされていらっしゃるということが、私にも感じられていきました。
逆に、患者さんに深く感情移入してしまい、うまくいかなかったことなどはございましたか。

櫻井

いいえ、これまであまりないように思います。
医学部の授業などでは、「医師は、患者に感情移入してはならない」と暗黙の了解として言わていますが、私自身は「大いにすればいい」と実は思っています。
その時に冷静さや論理性を失わないようにしなければいけないし、時には冷酷な事実を患者さんには伝えないといけない場面もあるのですが、分析的・論理的な見方は保持しつつ感情移入するっていうのは可能です。

髙橋

そうでしたか。
患者さんに寄り添うことは、櫻井先生にとってとても大事なことなのですね。
患者さんお一人お一人が語られる物語を大事にされているということですが、櫻井先生ご自身の物語にはどのような価値や意味があると考えていますか?

櫻井

少し難しいのですが、物語というものは私の中では一つではないと思っています。
父親として、医師として、ピアニストとして、といった複数の側面が自分の中にあって、それぞれ物語を持っているので様々な場面・人間関係の中で、それぞれの側面に沿った人格が、自然体にて照らし出されていくという感覚があり、それは私自身の心身の在り方にとって大事なのだなと感じています。

髙橋

ありがとうございます。
それでは会場からも、櫻井先生に対しての質問を受けたいと思います。

櫻井重久さん

髙野

総合診療で活躍されているということですが、総合診療医とはすべての診療をするものなのですか。

櫻井

総合診療医や家庭医は人が持っている健康問題の8割から9割を解決することができるとも言われています。
総合診療医は外科手術をすることも、カテーテル治療を行うこともできませんが、適切に臓器別専門医と連携することで、総合診療医がハブになり、患者さんを全人的にみることができます。
いろんな病気に興味を持ち、病気を診たいから総合診療医になっているわけではなくて、患者さんの全体を見るために、結果的にいろんな病気の知識が必要になるのです。
内科と総合診療科の違いは、病気を診るか、病気も含めた患者さん全体を診るか、という点だと思います。
そうした中で総合診療科には、「ここまではできる」「これ以上はしちゃいけない」という判断もシビアに求められていきます。

髙野

都会であると診察の効率を重視するため、詳しい背景まで患者さんが見えないというイメージが、私にはあったりしますがどうなのでしょうか。

櫻井

都会にも家庭医療や総合診療はあります。
都会だから診察の効率を重視するとか、患者さんの背景が見にくいということはあまりないんじゃないかと思います。
ただ、都市部と医療僻地の違いということであれば、医療僻地では都会に比べて、専門医や医療スタッフの数も、検査機器も限られているので、一人で何役もの役割を果たすことが求められます。

早田

医療者において治療や延命の研究など以外にも今は特にアートが求められている、と以前述べられていましたが、医療におけるアートに対して櫻井先生後自身が今取り組んでいることや、今後どのように組み込んでいこうとされたいのか、現時点で考えていらっしゃることなどお教えいただけますか。

櫻井

アートは重要です。身近な例だと患者さんと会話を共有するために話題を広げたりするっていう意味でのことは、臨床で活用しています。
医師の方からそうした話を振ってあげると、「この人は話を聞いてくれる、人生の話をしてもいい人なんだ」と患者さんに思ってもらえるので、そういう価値が一つあると思います。
また「ソーシャル・キャピタル」といわれていますが、人間の健康状態の維持に大きく影響を与えているのは、実は社会的なつながりであるということが、これまでの予防医学の研究によっても分かっています。
薬ではなく「社会的つながり」を処方することで患者さんや地域の方々の健康を向上する考え方を「社会的処方」と言いますが、地域との繋がりをアートを介して促進することも、医療者としての役割ではないだろうかと最近感じていて何かできることがないかと思い、石田陽介先生とは展覧会などで一緒に活動しています。
そういうところに参加する時に社会的処方の視点があると、アートを観てもらうだけじゃなくてそういう予防医学の視点を加えることでアップデートさせることができるので、これからも続けていきたいと考えます。

石田

私は以前、精神科病院に勤務するアートセラピストだったのですが、心理士と同じくアートセラピストになるためには、「スーパーバイス」「教育分析」という自分より力量が上のセラピストの方に教育的アドバイスをいただくという教育過程が最初から構築されていました。
医師にはそうした教育の仕組みはないのでしょうか。

櫻井

診断と治療といった生物医学的な内容について指導医からアドバイスを受ける機会は多いですが、一般的な内科医がそれ以上のスーパーバイズを受けることは多くありません。家庭医・総合診療医は、診察におけるコミュニケーションなどについて、指導医、看護師、事務の方といった他職種、場合によっては家族療法士や心理士からフィードバックをもらうことがあり、普段の診療スタイルや患者さんとの向き合い方などについても話しあわれたりします。

石田

患者さんが語られる物語をちゃんと傾聴し学ぼうとする姿勢があるドクターは、自ずと力量が上がっていくと、私自身が医療現場において強く感じていたのですが、いかがでしょうか?

櫻井

はい、そう感じます。
私自身も日々反省なのですが、診断と治療とナラティブは切り離すことができなくて、きちんと話が聞ける医師は病歴聴収においても全くレベルが違います。
医師がその患者さんの生活背景や解釈が見えているか見えていないかによって、診断名が変わってきたりするため、傾聴を通して患者さんが語られる物語世界をしっかり受け取ることができるという態度とその力量は、医師として大変重要なことだと私も考えます。

石田

櫻井先生は、仕事が終わって職場から一歩出られると、スパッと仕事は持ち帰らないのでしょうか。

櫻井

やはり気持ち的には、持ち帰っています。
他に影響しないようにはしてますが、「昨日患者さんにこんなこと言っちゃったけど、あの言い方あんまりよくなかったよな」といったことを、やっぱりずっと考えています。

関口

櫻井先生のお話やこれまでのお話をおうかがいし、ご両親はどんな方でらっしゃったのかお聞きしたいです。

櫻井

父は同じように医師で、母は専業主婦でした。
関口さんは、どうして気になったのですか。

関口

櫻井先生のように、いったん大学院に行ってみたものの、そこから別の医学部に進学しなおすとなったら、普通の家庭だったら「卒業して就職するべきだ」と諭されるのではないかという印象があったからです。
櫻井先生のお父様は医者だったということで、そこからの影響などは受けていましたか。

櫻井

父からは当時、かなり反対されましたね。
それはお金のことだけじゃなくて、医師の仕事の責任を父はよく分かっていたので、最初に大学を受ける時、「医者にだけはなるなよ」とも言われてました。
まあ、「なるなよ」と言われたものに、結局私はなってしまいましたが…。
それでも父は、私の決断を受け止めてくれており、今でも仲良くしています。
父は内科医で、今思えば全人的に患者さん見るということをしていたようでした。

関口

お子さんが三人いらっしゃるとのことでしたが、お子さんが医者になりたいといってきたらどうされますか?

櫻井

なりたいのだったら、いいと思います。
医者の道を強制することも反対することもないかなと思います。
子どもが、例えば20歳ぐらいになった時に医師の役割がどのようになっているかは、わかりませんが。
きっと、今とはずいぶん変わっていると思います。
その時の状況次第で、子どもへと勧めるか勧めないのか、変わりそうです。

園部

櫻井先生が大学院を卒業された後に、もう一度他の大学で一年生としてやり直した時にしんどかったことはありますか。

櫻井

そうですね。やはり、先輩が年下なのでちょっと違和感を覚えるときもありました。
ただ、そこは打算的に考えて。
やはり学問の面ではいろんなこと教えてもらおうと思ったら、その道の後輩としてそれなりの振る舞いをしないといけないので、謙虚に生きようと決めました。
どんな世界においても上下関係が決まっていて、自身が教えてもらうという立場の間は、その関係は崩さない方がいいかな、と感じています。

髙野

櫻井先生は、医療とアートの関係性に注目されていますが、どうしてアートに注目されたのですか。

櫻井

私としては、その人の物語を抽象的に表現するのに役立つものであったら、必ずしもアートに限らずに何でもいいかな、と思っています。
アート以外であっても、「この人は、こういう関係性を求めてるんだ」という理解へと繋がるツールであればいいかなと考えます。

石田

「医者の不養生」って言葉がありますが、櫻井先生がご自身で「体調悪いな、疲れているな」と感じられる時に、何かセルフケアに活用されるものっておありですか。

櫻井

やはり音楽活動が、自分の活力の源へとなっておりますね。
ストレス発散とは少し違うと思いますが、クリエイティブなことに関わっていたりとか、予定調和でない冒険に出て帰ってくるようなことが、私にとっては活力となってると感じています。

石田

小中学生の頃から、それは変わられないのですか。

櫻井

高校生ぐらいからでしょうか、音楽で自身の活力を満たすことはやってきましたね。
あと余談ですが映画「男はつらいよ」を観ると、私は本当に元気になります。
他には、是枝裕和監督作品「歩いても 歩いても」や、ヴィム・ベンダース監督作品「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」といった映画は、観ると多幸感が得られるのです。

石田

「男はつらいよ」って、最高ですよね。
以前、櫻井先生は鳥取県立博物館に訪ねていかれて、ボランティア活動を積極的に申し出ていかれていると伺っておりますが、どういった想いからそうしたアクションをとられたのですか。

櫻井

前に、所属している学術学会の大会会場で「医療とアート」をテーマにした展示が行われていて、すでに撤収しようとしているところにたまたま出会って、そこにいらしたスタッフから色々なお話を伺い、なんだかすごく親身になって教えてもらったことがあったのです。
そこで、一つの啓示を受けたのです。
患者さんの価値観や生きざまを医師として深く共有したいと思いつつも、それまでなかなか難しかったですが、アートという存在は、それらを介在してくれるツールじゃないかと気付かされたというのが、その啓示の一つです。
もう一つの啓示は、ソーシャルキャピタル(地域・社会における人々の信頼関係や結びつき)の話です。
人間の健康において、社会的な繋がりがとても大事だということは分かっているけれども、「人と人との間に何が介在すれば、よりよく繋がりあえるのだろう」という疑問に対する一つの答えがここにあった、と直感的に分かったことです。
その学会から帰ってから鳥取で何ができるだろうと思って、新しくできる美術館のサイトを見ていたら、「市民に開かれているため、企画に関わってほしい」という旨が記されていたので、「自分に何ができるのか自分では全く分からないけど、きっと何かできるかもしれない」という直感だけがあって、その美術館へと連絡をしてみたという流れだったのです。

石田

そうした櫻井先生のアクションが、こうしてこの「トットリハァート」におけるインタビューにも結びついており、本当に人生って素敵だなあ、と私は感じさせていただいております。
私にとって「医者」とは「とにかく忙しい」というイメージがあります。
櫻井先生は、三人の子育てや、家事も積極的にされておられて、バンドマンでもある。
そのうえで、更にそのような社会的なアクションを取られるというのは本当にすごいと感じます。
櫻井先生は、社会貢献に優先順位を高く置かれていらっしゃる印象を私はすごく持ちますが、いかがですか。

櫻井

総合診療医の癖だと思いますが、既に起きた問題よりもその問題をなるべく起こさないことであったり、もっと遡って上流の問題は何だろうということを考える特徴が自分にはあると感じます。
既に起きた病気を治療するだけではなくて、そこに至らないためにも、繋がりを作って物語を共有するっていうのも、医師としての自分にとって価値のある仕事だと思っています。
まあ、もともとの自分の興味や特性からして、そのワクワクが原動力になっているかなと思います。

石田

それはまさに、芸術養生ですね。

髙橋

それでは最後に「トットリハァート」の読者や、私たち学生に向けて、櫻井先生が今だからこそ伝えておきたいと思われることがございましたら、お教えください。

櫻井

今、医療者はアートを求めているし、これからもっと求めていくと考えます。
これまでの医療の役割とは、「一秒でも長く寿命を伸ばす」といった、言わば限られた価値観の中で行われてきたような側面があります。
日本人の平均寿命が伸び、複数の病気を同時に抱えながら長寿をまっとうされる方も増え、今後高齢者が増え続けていくという社会状況の中で、ひたすらに長生きすることだけが唯一の価値観ではなくなってきております。
過去であれば感染症で亡くなる方が多かったのに対して、現在では慢性疾患で亡くなられる方が多くなりました。病を抱えながら生きていく方が増大し、何に対し医療的な価値を見出すかが多様化され、その正解を判断するのもとても難しくなっているという中で、何が本当の幸せなのかという尺度も刻々と変わり続けております。
価値観が多様化し、暮らしの中で更なる不確実性が増える中で、もっとコミュニティの在り方や人の繋がりを健康の重要な要素として考え始めないといけない時期に来ているのですが、それを理解していないのではと感じられる医療者が少なくなく、時代から立ち遅れているように感じられることもあります。
私たち医療者が、ウェルビーイングやコミュニティがもたらす治療的価値を測るとき、またコミュニティの中で医療者がどのように振る舞うかを考えた時に、アートは大事な鍵を握るものだと私は実感しています。
アートに取り組まれている、いろいろな背景を持った人たちと共に、医療者が何かを創造したり広く対話を交わす場が、これからの社会において、ますます重要になると私は確信しています。
是非私も、ウェルビーイングな社会の在り方やその可能性について、様々な立場の方々とアートを介して共に学びあっていきたいと現在、強く願っています。

髙橋

櫻井先生、ありがとうございました。

櫻井重久

烏取市立病院統合診療科医長部長

1976年生まれ。自治医科大学卒業 。初期研修を経て 鳥取県内の医療へき地の公立病院や診療所に勤務しながら、日本プライマリ・ケア連合学会家庭医療専門医を取得。現在、鳥取市立病院総合診療科に所属している。
ジャズバンド「The Guevara Band」にてピアニストとして活動。

石田陽介

鳥取大学 地域価値創造研究教育機構 准教授

精神科病院勤務を経た後、まちに芸術養生が息づく社会の仕組みづくりの実践研究に取組む。現在鳥取で美術館セラピープロジェクトを推進中。日本芸術療法学会認定芸術療法士〔アートセラピスト〕。博士(感性学)。

ねこは組

鳥取大学アートプロジェクト2023年度

インタビュアー:髙橋侑希
記事執筆担当ねこは組メンバー:園部功一郎、髙野采香、髙橋侑希