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vol 002

2023.02.01

孫大輔 インタビュー

孫大輔 インタビュー

2022年12月14日(水曜日)、鳥取県大山町在住の、鳥取大学医学部講師であり医師、そして映画監督等幅広く活躍される孫大輔先生のインタビューを、ZOOM中継を通して開催しました。

執筆|
鳥取大学デザインプロジェクト2022年度てとら組

編集|
石田陽介

編集補助・撮影|
蔵多優美

孫と申します。皆さん、どうぞよろしくお願いします。

一同

よろしくお願いします。

石田

孫先生、自己紹介をお願いできますか。

はい。
46歳で、医師としては23年目の医師です。
20年ぐらい東京で働いていたのですけど、一昨年から鳥取大学にうつり、現在は地域医療とか学生教育をやっております。
そしてその間に、映画を3つぐらい作りました。
あと、ちょっと映像ポエムみたいなの、作ったりもしてます。
「水戸黄門」のような時代劇の健康啓発ドラマみたいなものも作ってたりしました。
医師としての活動と並行して、地域での活動もしています。
まあ、映画活動もその地域活動の一環としてやっているという感じですね。
東京にいるときには、「谷根千まちばの健康プロジェクト(まちけん)」というプロジェクトをやりました。
これは東京の下町の谷中・根津千・駄木っていう、比較的都市部なんですけど、下町の雰囲気が残っていて、そこの銭湯とか路地やお寺とかでちょっと調査研究を始めたのがきっかけで。
街のいろんなソーシャルキャピタルっていうような、社会関係資本ですとか、そういうものと健康がどういう関係があるかっていう調査をしましたね。
まあ、途中から、あの…、どんどん研究よりも活動の方が楽しくなってきてしまって。

一同

(笑)

石田

ありがとうございました。

永井

インタビュアーの永井花です。
孫先生は、「ローカルに活動し、発信はグローバルに」というお話を別のインタビュー記事でされていましたが、映画やYouTubeの制作・発信はこの考えに基づいておこなわれているものなのでしょうか?

インタビューはオンラインでの実施

そうですね。
自分が属する小さいコミュニティで関係性を作っていったり、いろんな活動をするっていうことがグローバルになると思っているんですね。
少し前の時代だったら、資本主義的な仕組みのなかでいろいろと大規模にやらなきゃいけないっていうような感じがあったかもしれないんですけど。
今はその少ない人数の人と小規模にやっても、YouTubeとか使って世界的に発信できるので。
あと、やっぱりその人間対人間の活動は大規模にやるよりは少人数でじっくりやるっていうほうがいいかなと思っていて、映画作りとかは特に。
まずは小さいコミュニティで見てもらって、そのあと全国に広げていきたいと思っています。

永井

ありがとうございます。
次の質問です。
ご自身にとって、「ウェルビーイング」とはどのようなことだと感じていらっしゃるのですか。
また、孫先生の思い描かれている「幸福な生き方」とはどのようなものですか。

「ウェルビーイング」っていうのは身体的心理的、社会的によい状態っていうことなんですけども、言い換えればその「ウェルビーイングである」ということは自己実現できている状態なんですね。
自分がこの人生に何を求めているのか、それをできているのかっていうことでもある。
でも、やりたいことをやりすぎて、1週間ずっと働いている状態になるのはよくない。
そういう時に「ちょっとは、そこから離れないとなぁ」と思うんです。
適度に暇な時間を作るべきですよね。

永井

ありがとうございます。
次の質問です。
朝日新聞の記事に「病気を治すというより、ウェルビーイング(健康や幸福な状態)を一緒に高めていきたいという思いが強くなりました」という「一緒に」という部分に、私は感銘を受けました。
「一緒に」高めていくために、どのようなことを孫先生は意識していらっしゃるのか教えてください。

ウェルビーイングを追求するにあたって、自分のことを大事にする必要があるのですが、その中でおいていかれる人もいるんじゃないかって話なんですね。
自分の専門が地域医療なので、地域のウェルビーイングを考えると、平均値が高くても、デコボコだったり、すごく低い人がいたらいいとは言えない。
理想的なことなので、難しいのですが、身の回りの人と協力することで、全員でウェルビーイングを高めていく。
そこが「一緒に」というところです。

永井

ありがとうございます。
患者やその家族のウェルビーイングを高めるためには、それぞれ人によって異なった対応や対話が必要になってくると思います。
どのようにすればその人たちが幸せを感じられるか、孫先生はどのように考え、見つけていかれようとされていらっしゃるのでしょうか。

孫 大輔さん

難しい質問ですね。
病気を診断し治療するというのはマニュアル的にできるというか、明確に、合理的にできることなのですけども。
考えてアプローチできるかっていうと、結構それやっぱり難しいですね。
「必ずこうすれば、ウェルビーイングは高まりますよ」っていうことは、なかなかないわけです、その個別性が高いっていうか。
お一人おひとりの人生観とかを見ていくためには、対話が必要になってくると思うんです。
しっかりと時間をとり、こちらが余裕を持って聴けるかどうかっていうことで、相手がどのぐらい語ってくれるかってのも、全然違ってくるわけです。
それを積み重ねていくことにしています。

永井

ありがとうございます。
良き人生のための終活サイト「終活カフェ」には、「患者の生の声を聴ける」という記載がありましたが、それは病院の診断とはどう違うのでしょうか。

極端に言うと、診断は情報を集めていけばできるわけです。
だから、会話をしなくても、自分の症状がこれとこれとこれでって、というチェックリストみたいにすればできるんです。
ただ、その人に合わせた治療内容やその人の本音、望んでいる部分を汲み取ろうと思ったら、会話をする必要がある。
終活という点でいうと、その人がどのような人生の最期を迎えるのかというのは、人それぞれの想いや人生の価値観によって決まるので。
例えば、やっぱり最期は家族といることを重視する人とか、自然な状態のまま、人間としての威厳をもって最期を迎える人ですね。
そういうことは、やっぱり聴きとって、診療に活かしていきます。

永井

孫先生にとって死とはなんでしょうか。

めちゃめちゃ重い質問ですね、難しいです。
何が難しいかっていうと、科学的に言えないじゃないですか。
医学的にはどのような状態か言えるのですが。
一人ひとりにとって死の意味は違いますよね、宗教的な考えも入ってくるし。
まあ、僕にとっての「死とはなにか」という質問に対しては、やはり医療従事者なので「医学的な死」っていうのがあると思います。
つまり、人間が活動を終えて、脳が停止してしまった時です。
それはもう単なるタンパク質の塊になってしまうのですけどね。
ただそこでじゃあ、その亡くなられた人の遺体を単なるタンパク質として扱えるかというと、それはできないでしょう。
「死んだらどうなるか」っていうのは誰も分からないわけです。
ただ言えるとしたら、僕が死んだ後、家族や周りの人に僕の記憶が残っていく。
それは関係存在ということです。
関係存在としての人間は残っていくんですね。
それは全ての人にやっぱりあるべきで、僕にとっての死とはそういうものです。

永井

孫先生にとって、地域社会で考えることの良い点はどこにあると思いますか。
また、もっと広い範囲の社会の枠組みで、それを考えることとの違いは何だと思われますか。

地域社会といっても人によって定義が違いますからね。
小さいコミュニティで、考えたり活動するっていうことが、僕にとっての地域社会です。
小さいコミュニティが何かっていうと、僕が普段接しているような人とか、会話をする人たちとか、人柄をよく知っている人たちのことで、それは大きな規模にはならないですね。
今、大山町という15,000人ほどの町で活動していますけど、その15,000人全員と深い関係になれるかっていうとそうではなく、関わるのはせいぜい数十人とか数百人程度なのです。
小さいコミュニティの良い点っていうのは、やはり一人一人と関係性を深められることで、それは地域社会で活動するときに、より本質的な効果を得るために役立つし、自分をより幸福に近づけられるのです。
また、直接的な反応を得やすかったり、本音を聞きやすかったりもするのです。
知人や友人などの身近な人を、リアルに自分がイメージし、想いながら活動できますしね。
反論として、仮に「200人くらいの小さなコミュニティで活動したときに、その200人以外には効果は及ばないのでは?」「何か活動するなら、やはり何万人とかに効果を及ぼしたほうがいいのでは?」というのもあるかとは思います。
それも確かにその通りかなと思うのですけれども、やはり人間っていうのは1万人っていう人間をリアルに思い描いて活動するっていうのはできないので、広く効果をもたらしたいっていうときには、自分が起点になって活動を始め、その効果を知った人がまた起点になって活動してくれたとしたら、どんどん広がっていく。
その方がいいのかな、と思いますね。

永井

ありがとうございます。
文化的な方面から医療ケアをする場合、対象は「心」に対してすると思うのですが、「心」を治療することで体にいい影響が著しく出ることはあるのでしょうか。

ほとんどすべての病気には、心の影響があるのですよね。
特に心の影響が強い病気を、心身症と呼びます。
例えば、気管支喘息とかはストレスでものすごく悪くなることがあるし、緊張するとおなかが痛くなるとか、そういうものを心身症って言います。
面白いことに、ほとんどすべての病気が心の影響を受けて、例えば今回の新型コロナウイルスも、それにかかった方の心の状態によって治り方が全然違うこともあるのですよね。

永井

ありがとうございます。
孫先生は、医療をテーマにした映画制作※1をされていますが、そのようなアート活動が、人の心の健康につながったと実感した経験がございましたら、お教えください。

※1映画『うちげでいきたい』
大山町が舞台の「在宅看取りと家族のかたち」をテーマとした映画。
2022年3月に公開し、鳥取県内外を問わず上映活動を行っている。
https://cbfm.tottori.jp/blog/movie_uchigedeikitai/

映画を見た後のアンケートを今分析しているのですけれども、その中でも影響・インパクトがあるのはやはり親を看取った経験のある方。
ほんとは家で過ごさせてあげたかったけれど、最期は病院になってしまったとか、最期につらく当たってしまったというように、亡くなりゆくご本人の希望へと果たして添えていたのかどうか疑問を抱えていたり、あるいは後悔していたり。
そのような人が、僕の映画を観ることで和らいだというご意見もありました。
僕は過去に、「プレイバックシアター」というものをやっていたこともありました。
「プレイバックシアター」というのは、ある人に過去の経験などを語ってもらってそれを3、4人の演者が即興で演劇を行うというものです。
そういうものは、心の健康へとかなり影響があると思われます。
このような映画は、心の奥にしまわれていたものを喚起する力があると思います。
これは、いい方向に使えば心の健康につながりますけども、間違ってしまうと過去のトラウマを引き出してしまうなど、逆効果にもなってしまいます。

永井

ありがとうございます。
医師でありつつ、大学教員、映画監督、YouTuberなど、様々なことに取り組まれてらっしゃる孫先生にとって、いちばんの軸とは何でしょうか。

YouTuber…。
あまり更新ができていないので、YouTuberとは言えないですけれども。

一同

(笑)

自分の活動の軸としては、「自分のウェルビーイング」っていうことかなと思っています。
自分の働き方であるとか、自分のやる仕事ですとか、人に作ってもらった服で活動するよりか、自分に合った服で活動するほうがいいのではないか。
医師という肩書が強いのですけれども、やっぱり僕としては医師としてだけ働くのは少し窮屈なところがあるのですよね。
それだけで十分に自己実現はできないというか、自分の本当にやりたいことが医師という仕事だけでは収まりきらないなと思っていて。
いろいろなことをやっているのも、「これやってみたいな、面白いな」っていうことをとりあえずやってみるっていう冒険心から始まって。
自分にとってあるいは仲間にとって、面白くて、ためになって、周りの人も元気にするようなものだったら続いていくんです。
「継続できるものだけを、できる範囲でやってみる」という感じですね。
それはウェルビーイングにつながっているし、自分のウェルビーイングが第一ですけれども、自分と周りのウェルビーイングが一緒にどんどん高まっていくものだったら積極的にやろうという感じでやっています。
YouTuberって、一人でただやっているだけですけど、やっていると自分が楽しいので。

永井

最後の質問になるのですが、今後のビジョンと取り組みについて教えてください。

あんまりないのですよ。
「ただひたすらに、今を楽しむ」っていうビジョンしか持っていないのですけれど。
ちょっと前までは、「5年後・10年後はこうなって、こういうことをして、仲間とこういう団体を作って」とか考えていたのですけれど。
ただそれって設計主義というか、そういう風に自分の人生を設計して理想の状態に近づけていくことがゴールみたいになって、逆に自分を狭めてしまうような気がするのです。
10年後とかって、世の中のありとあらゆるものが変わっているので、誰もわからないわけです。
だからその時になってから考えていればいいわけです。
僕はただ単に、今をとにかく一所懸命に生きるというか、楽しんで生きるというか、今日という日に集中するほうがいいのではないかと思っていますね。
今は本を読んでいる時が楽しいですね。
いろんな古典的名著とかを読んでいると、昔の人と本を通して対話できているような気がして。
それで面白い本があったら、YouTubeで発信するという程度で、今はやりたいですね。

永井

ありがとうございました。
以上でインタビューは終わります。

ありがとうございます。

石田

孫先生、ありがとうございました。
今のお話を受けての質問を会場の方から受けたいと思います。
では、炭谷さん。

炭谷

プライマリーケア医っていうのはかかりつけ医みたいなものなのでしょうか。

ほぼ、かかりつけ医と同じ意味です。
プライマリーケア医は、訪問診療とか看取りとかも含めるので、少し広く活動するものと思ってもらえればいいです。

石田

ほかにないですか。はい、髙畠さん、どうぞ。

髙畠

孫先生、本日は貴重なお話をありがとうございました。
私の質問は、過去のインタビュー記事についてです。
「まちけんシネマ」の活動から、孫先生ご自身が映画を作ろうと思い立って、それから映画学校に通われたというお話をある記事を拝見して、すごい行動力だなと思いました。
そういった、やってみたいことが沢山あるなかで、なにを選択し実行するのかという決断を、どういう判断基準で決めていらっしゃるのでしょうか。
また、そうした様々にやりたいと思われる孫先生の原動力は何なのでしょうか。

ありがとうございます。
一言でいうと、自分がワクワクできるかどうかっていうところですね。
ワクワク感が長続きするかどうかっていうのもあります。
自分の魂が喜ぶ活動だったら、そのワクワクがずっと続きます。
そういうものに出会うために、とにかくいろんなことをやってみるというのが大事だと思いますね。

髙畠

ありがとうございました。

石田

孫先生、ありがとうございます。
私からも少し質問させていただきたいのですが。
孫先生は子どもの頃、何になりたかったのでしょうか?

中学1年生で手塚治虫の『ブラックジャック』を読んで、医者になろうと思ったのですけれども、その前は「学校の先生になりたいな」とかぐらいで、そこまで無かったですね。

石田

ありがとうございます。
ご自身の養生・メンテナンスというのはどうされていますか。

そうですね。
仕事をしない、何もしなくてもいい時間を、1週間に1日は持つようにしていますね。
なかなかできないですけれど。
1週間に1日ないしは半日、今日は何もしないと決めて、そういう時間を大切にしています。
そういう時にただ単にボーっと寝ているだけっていうよりは、自分の心を癒すようなこと、ゆっくりお茶とかコーヒーを飲んで本を読んだり、自室のシアタールームで自分の好きな映画を観たりしていますね。
そういう時間を持つっていうのがメンテナンスですね。

石田

ありがとうございます。
今後とも「アートと医療の汽水域をまちにひらく」というテーマを掲げた本プロジェクトにおいて、いろいろなお力添えをいただけたらと思います。
本日はどうもありがとうございました。

一同

(拍手)

孫 大輔

鳥取大学医学部地域学医療講座 講師/医師

1976年佐賀県生まれ。在日コリアン3世。医師。20年以上暮らした東京を離れ、「人間らしい生活」を求めて、2020年の春から鳥取県大山町に移住。医療にとどまらず、映画、演劇、対話、即興劇(プレイバック・シアター)などの可能性に注目し、地域の人と協働してウェルビーイング向上につながるプロジェクトを実践してきた。現在は、地域医療に従事しながら、「風の谷」のような土地に住み、自然と文化を感じながら日々を過ごしている。YouTubeチャンネル「そんそんずアカデミー(Sonson’s Academy)」で哲学・心理学・社会学など「生きのびるための授業シリーズ」を配信中。

石田陽介

鳥取大学 地域価値創造研究教育機構 准教授

精神科病院勤務を経た後、まちに芸術養生が息づく社会の仕組みづくりの実践研究に取組む。現在鳥取で美術館セラピープロジェクトを推進中。日本芸術療法学会認定芸術療法士〔アートセラピスト〕。博士(感性学)。

てとら組

鳥取大学デザインプロジェクト2022年度受講生

インタビュアー:永井花
記事執筆担当てとら組メンバー:永井花、古森南帆、坪内優志