1イベント概要
〇イベント説明
『Art Museum Do It Yourself!2023-私たちの未来をつくる美術館を、いま私たちが描く-』
「未来を”つくる”美術館」と謳われ、2025年春に開館する鳥取県立美術館では、「アートを通じた学び」を支援するアート・ラーニング・ラボ(A.L.L.)等の教育普及部門の充実が図られる計画です。本アートフォーラムでは鳥取大学准教授の石田陽介さんと竹内潔さんが、美術館の新たなる世界的潮流を見定めつつ日本の美術館教育をリードする稲庭彩和子さんと、日本における美術館ツーリズムを長年に亘って席巻し国内外の観客を魅了し続けるベネッセアートサイト直島の藤原綾乃さんを鳥取に招き、鳥取県立美術館における初代館長予定者の尾崎信一郎さんと教育普及専門員の佐藤真菜さんと共に、私たちの「未来を”つくる”美術館」を模索し、来場者と共に新たな美術館のビジョンを見据えたアートフォーラムが鳥取県立図書館において開催されました。
〇当日のスケジュール
- 第1部:基調講演/14:00~15:35
- 14:00~14:45 「来訪者と住民双方のウェルビーイングを育むベネッセアートサイト直島」(藤原綾乃)
- 14:50~15:35 「学び、健康、ケアの拠点として期待される美術館の世界的潮流」(稲庭彩和子)
- 第2部:トークセッション/15:45~17:15
- ゲスト…
- 稲庭彩和子(独立行政法人 国立美術館 国立アートリサーチセンター 主任研究員)
- 藤原綾乃(公益財団法人 福武財団 経営企画部)
- 尾崎信一郎(美術館整備局美術振興監/鳥取県立美術館館長予定者)
- 佐藤真菜(鳥取県立博物館 学芸員/教育普及専門員)
- コーディネーター…石田陽介(鳥取大学 准教授/ギャラリーコンパ 主催スタッフ)
- 司会…竹内潔(鳥取大学 准教授/鳥取藝住実行委員会代表)
- ゲスト…
〇当日の参加者
総参加人数:53人
〇アンケート結果(小数第一位は四捨五入)
- 年齢:10代8%、20代4%、30代4%、40代25%、50代21%、60代25%、70代以上13%
- 性別:男性38%、女性62%
- お越しいただいた地域:鳥取県東部(旧市内)48%、県東部(旧市外)0%、県中部12%、県西部16%、その他24%
- 本フォーラムをお知りになったきっかけ(複数回答可):チラシから21%、知人から25%、大学授業で7%、職場で18%、SNSで14%、「フクシ×アートWEEKs2023」で0%
2講演・トークセッション
〇藤原綾乃さんの講演
ベネッセアートサイト直島でウェルビーイングを追求する藤原さんは、来訪者に表現力、理解力、言語力を養っていただくため、「対話型鑑賞」を導入したことを発表された。「現代アートの魅力から学ぶ目的は人それぞれであるため、その人がオーダーメイドで考える環境を提供することが我々の仕事です」と藤原さんは語る。対話型鑑賞というプロセスを経て、自分自身の見方や価値観について考え、社会をデザインすることが藤原さんにとってのウェルビーイングであり、「直島で展開する現代アートは、今を生きる人間からのメッセージです」と語った。
〇稲庭彩和子さんの講演
“アートをつなげる・深める・広げる”ことをテーマに参加型の展示会企画を美術館で展開されてきた稲庭さんは、睡眠・栄養・運動の他に、精神やマインド・コミュニティも健康における社会的要因となると述べ、「健康」を基層とするウェルビーイングについて紹介された。「現代社会において、健康概念(ヘルスリテラシー)とアートのつながりは“人とのつながり”も加速してくれる」と稲庭さんは語る。そこで、危険だと言われる高齢者の望まない孤独や孤立への対応として、社会的処方・文化的処方の事例を挙げられた。特に、世界各国と比べ人権意識や関連する法整備が遅れている日本において、芸術文化活動からのアプローチへの期待が高まっているという。日本においても、病院・病気中心の医療システムから、人や健康中心の医療システムへと変革させるため、対話型鑑賞等を用いて多くの人の反応から調査を進めるプロジェクトを主導されているのが稲庭さんだ。
〇トークセッション
第2部ではまず、佐藤さんより、2025年に開館する鳥取県立美術館において、「アートを通じた学び」を支援するアート・ラーニング・ラボ(A.L.L.)等の教育普及部門の充実が図られるとのビジョンが示されていった。その内容を受けた形で、6名のトークセッションが竹内さん司会の元で展開されていった。鳥取県立美術館初代館長予定者である尾崎さんは、第1部の藤原さんと稲庭さんの講演を聞き、「視覚障がい者や赤ちゃんにも美術や芸術を理解できる方法について興味をもったので、ぜひ今後の美術館の展開に役立てていきたい」と語った。市民活動として18年前からケアに根差したアートワークショップを地域社会で展開してきた石田さんは、5年程前から視覚障がいを持つ方と持たない方との共同鑑賞活動が各地の美術館・博物館において大変活発になってきている状況を述べられた。
藤原さんは「美術館、と聞くと『そこは美術が判る人が行く場所だろう』という先入観がある。アートを見るとは五感の体験であり、人に“楽しい”と感じてもらうことが大切である」と語り、今後の美術館についての見解を示した。石田さんもアートセラピストとして医療人として働いていた経験からこの考えに同意し、「院外(地域社会)に対しても美術館・博物館を通して医療福祉を展開することは、少子高齢化による大幅な人口減少を迎えていくこれからのまちづくり、そしてくにづくりにおいて期待されていくであろう」と語った。
「対話から始まるコミュニティとして展開することはとても大切だと考える。人と人との関りの概念から、日々の関りあいの質が高まり、これ自体が学びそのものである」と話したのは稲庭さんだ。人と人との関わり合いについて、佐藤さんは鳥取県立博物館において企画開催した、0歳からのアートとの出会いを応援する展覧会「赤ちゃんたちのためのアート鑑賞パラダイス」、石田さんは江戸時代に都市で興った隠居たちの文化サークル「連」、稲庭さんは海外のモノづくりサークル「メンズシェッド」をそれぞれ事例として挙げながら、アートを活用したウェルビーイングへのアプローチは古今東西いたるところで行われていることを示していった。
美術館に求められる役割、そしてアートがウェルビーイングを醸造させることへの期待は、世界中で日々大きくなってきているが、そうした将来における美術館のありかたについてトークセッションでは盛り上がり、人とのつながり深め、豊かな出逢いをもたらす未来の美術館のビジョンは、6人の中で、そして会場の来場者の中で共有されていった印象であった。
3当日の様子・来場者感想
〇会場の様子
医療従事者の方や学校の先生、アートに興味はあるが精通はしていない方など、老若男女問わず様々な目的をもった人が参加しているようであった。
講演やトークセッションの間も参加者全員が興味深そうに傾聴しており、将来や現在の仕事、そして今後の自分とアートの関わり方について活かそうと、多くの質問が飛び交った意義のあるアートフォーラムであったと見られる。
〇来場者の感想
- 新たに開館する鳥取県立美術館が、とても楽しみになりました。
- 視覚障がい者の方々や子ども等にしっかりと対応するためには、美術館において声を出して鑑賞するということが、もっともっと自然にできたらいいと思っています。
- 稲庭さんのグローバルな視点と個人的な感性から学ばせていただきました。あらめて美術は、人間の日々の生活へと繋がなくてはならないものだと感じました。
- 地域の小学生全員に美術館に行ってもらう機会をつくるという計画は、とても素敵だと思いました。
- アートの概念は「絵だけではなく、コトを興すこともアートとしてとらえられて良い」と考えました。
4レポーター編集後記
今回のアートフォーラムに参加して、アートの社会的役割が変わってきていることに興味を持ちました。
私が経験した中学校の芸術の授業では、一人で作業を行ったり、一人でほかの作品を鑑賞し、感想を書いて先生だけに提出するといった内容でした。しかし、地域でアートを創ったりすることで、市民の方も活発になり、観光できた人たちとの交流も生まれることから、みんながアートを通してウェルビーイングな状態になっていると思いました。
また、お二人のお話で共通して大事だと思ったことは、“人とのつながり”です。対話型鑑賞や参加型の展示会を通して、人とアート、どちらにも触れたり出会うことで、自分の中の扉や何かが広がったりひらめいたりする力があることを学びました。これからの社会で、もっとアートが重要になってくるのではないかと感じられたことと同時に、もっと多くの人にアートを通した活動に参加し、アートから学びとったウェルビーイングな活動を自分も将来やりたいと思いました。(森)
今回の公演とトークセッションを聞いて、社会にはアートに気軽に触れられる環境が必要だと考えました。そのような環境があれば、社会で孤立した人や、学校や職場、家などに居場所がない人達が、病院に行かなければいけない状態になる前に救うことができるのではないかと気付かされたのです。また、社会から一度離れた人たちが社会に戻る場合にも、アートや、アートを通じたコミュニティは重要な役割を果たすのではないかと思えました。(早田)
「未来をつくる美術館」のありかたについて考えさせられたアートフォーラムでした。おそらく、「理想の美術館を思い描いてください」とそれぞれの人に問うと、思い描く美術館は違ったものになるでありましょう。しかし、「私たちの未来」、すなわち私たちが社会でより生きやすく、アートを通じた生活を過ごせるために存在するという、明確な目標をもって提供してくれる美術館が存在すると、それだけで美術館を訪れるすべての人に意味をもつことになると感じます。
先日、石田先生がファシリテーターを務めるアート共同鑑賞ワークショップで参加者をアテンドさせていただきましたが、参加者の一人が「作品の“姿”を自分の言葉に置き換えて口に出して説明したが、普段と違う作品鑑賞から新しい学びや楽しさを得た」と感想を述べられていきました。人と対話する鑑賞の仕方は機会があったからできただけで、こういった鑑賞方法は普段の美術館ではできないので多少の対話は許してほしい、とのことでした。
現在、ほとんどの美術館では作品を静かに鑑賞するという風潮が根強く残っています。人とのつながりは一種の療法でもあり、社会創造の大部分をかたちづくる要因でもある。その切り口である対話を通した鑑賞を実践できる美術館が増えると、それに伴い人とのつながりが増えるということになります。今回の講演で新たに知った「アートを通した人との出会い」を軸とした鳥取県立美術館を中心に、来場者に様々な機会を与える美術館が増えることを想像すると、私たちの未来についての想像も捗っていくと考えられます。(上西)
5主催情報
運営:鳥取大学アートプロジェクト・野口明生
主催:鳥取大学 地域価値創造研究教育機構
共催:鳥取県教育委員会事務局美術館整備局
特別協力:あいサポート・アートセンター
フクシ×アートWEEKs 2023連携企画